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記事一覧(37)

ホームメイド・ケフィア①

ホームメイド・ケフィアはヨーグルトではありません。それは幻の発酵乳ケフィアです。なぜ幻の発酵乳と呼ばれるのか?実はカルピスの創業者三島雲海が、シルクロードを旅している時においしい発酵乳を見つけました。三島はその発酵乳を持ち帰り、日本で商品として販売しようとし、何回も試作しましたが成功しませんでした。その発酵乳は、牛乳を乳酸菌と酵母で発酵させていたために、製品の品質の安定を保つことが出来ませんでした。実はケフィアに含ませる生きた酵母は、発酵し続け炭酸ガスを生み出します。日本では食品衛生法上、商品の容器に穴を開ける事が出来ませんから、炭酸ガスが充満し容器が膨れて破裂する危険があるわけです。そのため日本の店頭にケフィアが並ぶことはないのです。三島は生菌で販売することを諦めて、発酵乳に砂糖を加えて殺菌し濃縮飲料として発売したのです。こうして生まれたのが、カルピスです。誰もが一度は味わったことのあるカルピス=初恋の味はケフィアの味だったのです。三島が生菌のケフィアを製品化するのを断念して以来、日本の乳業界ではケフィアは幻の発酵乳となっていたのです。ですからケフィアはおうちで作るのです。You Tubeで観るホームメイド・ケフィア(来歴から作り方まで)

Le nobLe☆La maison

12~13世紀頃、イスラム硝子からの伝統を元に、イタリア・ベニスで始まったヨーロッパ硝子製造。技術の発展は16~17世紀には絶頂期を迎え、 その後ヨーロッパ全域に広がります。18世紀~19世紀初頭のフランスでは多くのガラス工場が開業し、特にフランス北東部アルザス-ロレーヌ地方及び現ベルギー東部地域には数多くのガラス工場が創設されました。17世紀末にイギリスで始められた酸化鉛を使ったクリスタルガラスの製造技術を元に、18世紀末にはより透明度の高いクリスタルの製造技術が確立されていたのです。また、時期を同じくしてボヘミア地域で発達した宝石加工技術を元にしたカット技術は多くの工場に広まり、現代に繋がる高度なカットクリスタル技術が生み出されました。しかしながら20世紀中盤からの大掛かりなオートメーション生産の拡大で手作り生産にこだわった多くの工場は姿を消し、現在は博物館やアンティーク品だけがその素晴らしい技術やデザインを見ることが出来ます。La maison(ラ・メゾン)」は、歴史的に多くの素晴らしいカットクリスタルを排出したフランス・ベルギーの古典的なデザインにインスパイヤーされた図案を現代における最高の技術と品質で実現したいという思いから誕生したブランドです。LEAD CRYSTAL 24%  HANDCUT。お届けは、Le nobLeのロイヤルブルーの包装紙に包まれて。

世界と日本のフェアトレード@名古屋栄三越

明日まで名古屋三越で開催中のイベント、世界と日本のフェアトレード~やさしくありたい私のために~に、先日出掛けてきました。昨年名古屋市が、国際フェアトレードタウンとして認定されたことをきっかけに、この地域でのフェアトレードの取り組みが注目されています。そもそもフェアトレードって?言葉は聞いたことがあり、何となくこんなニュアンスの事だろうなぁ?と、おぼろげに頭に浮かぶ人は多いのではないでしょうか。しかし、実際にはどのような取り組みが、どのような形で、どのくらいの年月をかけて行われているのか?正確に理解できている人は、私を含め少ないと思います。「フェアトレード」、直訳すれば「公平な貿易」。現在のグローバルな国際貿易の仕組みは、経済的にも社会的にも弱い立場の開発途上国の人々にとって、時に「アンフェア」で貧困を拡大させるものだという問題意識から、南北の経済格差を解消する「オルタナティブトレード:もう一つの貿易の形」としてフェアトレード運動が始まりました。開発途上国の原料や製品を、適正な価格で継続的に購入することにより、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指ざす「貿易のしくみ」これを「フェアトレード」と いいます。フェアトレードの必要性を感じその活動が始まったのは、今をさかのぼること70年も前の事です。1946年、アメリカのテン・サウザンド・ビレッジ(元セルフ・ヘルプ・クラフト)がプエルトリコから刺繍製品の購入を始めたことがきっかけのようです。それから長い年月をかけ、徐々に世界中に拡大していきました。日本では、1993年、フェアトレード・ラベル運動が導入され、23年が経過しています。2002年後半には身近なコーヒーショップやスーパーなどでもフェアトレード認証製品の取り扱いが始まり、毎年高い成長率で拡大。2010年以降、チョコレート、バナナなどの食料品に加え、コットン製品にもフェアトレード認証製品が広がりつつあります。